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第6回タイムマネジメント

ビジネスのグローバル化やインターネットの普及など、近年の経済やテクノロジーの発展が競争環境をより活性化させ、ビジネスのスピード化はとどまることを知らない。製品開発、建設、物流などあらゆる分野において期間短縮が求められ、"スピード"の企業競争力における位置づけはますます重要となってきている。マッキンゼーによれば、「ハイテク企業において6ケ月遅れだが予算どおりのプロジェクトの利益損失は33%にのぼるが、50%の予算超過で納期どおりのプロジェクトの損失は4%の利益損失にすぎない」と報告されているように、市場投入の遅れがビジネスにおいて深刻な影響を与えることは明らかである。

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同様の報告は他でも示されており、下図に示すように製品開発においては市場投入のタイミングと製品の市場における成功確率と密接な関係を持っていることが Cooper & Edgettによって報告されている。最初に市場投入された製品の成功確率が70%であることに比べ、2番目、3番目と成功確率がそれぞれ、 62%,58%と下がっていく。市場へいち早く製品投入することがビジネスにおける成功を勝ち得るためにより重要となってきていることがお分かり頂けるだろう。

しかし、プロジェクトの期間は、その企業の持つ業務プロセス及びマネジメントプロセスの優劣で異なってくる。同じ業界、業種においてもプロジェクト期間は一緒ではなく、明らかに格差が存在するのである。下図に製薬業界の欧米グローバル企業における医薬品開発のベンチマークデータを示す。上段は、薬の人への投与開始される第1相臨床試験の開始から当局(FDA、ENMEA,厚労省)へ承認申請資料を提出するまでの期間を示しており、下段は当局が申請資料を受け取って、薬を承認するまでの期間を示している。上段は製薬企業のコントロール下にあり、期間が短いほどその企業における開発スピードは速いことになる。下段は製薬企業のコントロール下にはなく当局の審査期間に相当し、臨床試験のデータ品質がよく、申請ドキュメントが論理的に整理され、上手く文章化されている方が期間は短くなる。もし、データ品質が悪く、充分な品質のデータに基づいた試験成績でないと判断されると、場合によっては再試験となりさらに1 年~2年は承認までの期間が長くなることさえ考えられる。したがって、下段は試験の品質そのものとも言い換えることができる。

この結果から2つのことが言える。一つは企業の仕事のやり方によって開発スピードは大きく変わるということと、もう一つはスピードが速いところは品質も良いという事実である。下段の下線を引いている企業は上段に出ている企業であり、上段8社のうち6社が下段に現れていることはこのことを如実に表している。

この違いは、それぞれの企業が持つ業務及びマネジメントのプロセスの違いの結果であり、タイムマネジメントを行うためのベースとなるプロセスにそれぞれの企業に違いが存在し、それが結果として出ていることになる。ちなみに、製薬企業においては、国内企業よりも海外企業の方が開発スピードは速く、より優位性があるが、逆に自動車業界においては国内企業の方が海外企業よりも開発スピードは速く、より優位性がある。

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スピードの重要性と企業間のスピード格差についてはお分かりいただけたと思うが、ここからはスピードと大きく関係するタイムマネジメントそのものについて触れることとする。タイムマネジメントはプロジェクトマネジメントの特徴を表現するマネジメントでもあり、様々なマネジメントの中でプロジェクトマネジメントだけが時間軸でのマネジメントの概念を当初より意識しており、他のマネジメントに比べても格段に発達している。

もともと、プロジェクトマネジメントは競争のマネジメントであり、1940年~60年代の米国の軍需競争時代において、タイムマネジメントは急速な発展を遂げた。ブーズ・アーレン・ハミルトン社の開発したPERT(Program Evaluation and Review Technique) やデュポン社の開発したCPM(Critical Path Method)などオペレーションリサーチにおける研究の成果がプロジェクトマネジメントにおけるタイムマネジメントとして活用され始めたのは1950年代まで遡り、その後現在に至るまで、これらの手法はプロジェクトマネジメントにおける基本的な手法として利用され続けている。さらには、コンピュータの発展とともに、これらの手法は多くのプロジェクトマネジメントツールに組み込まれ、誰もが気軽にタイムマネジメントの手法を利用できるようになってきた。このように、スピード化に対応できるPERT/CPMのような時間軸でのマネジメント手法をタイムマネジメントの基本要素として持っていることも、近年プロジェクトマネジメントが急速に浸透してきた大きな理由の一つであろう。

タイムマネジメントはプロジェクトの納期に直結するマネジメントであり、企業にとっても関心の高いマネジメントであるが、業界や企業によってタイムマネジメントの習熟度には大きな差がある。実際のところ、ほとんどの企業がプロジェクトの納期に大きな関心があるわりには、一般的に見て、国内の企業においてPERT/CPMを活用した綿密なタイムマネジメントを実践している企業は思いの他少ない。欧米におけるタイムマネジメントは、アクティビティの期間を正確に見積り、アクティビティとアクティビティの間をコンストレイント(又はロジック)で結んで、クリティカルパスを計算しプロジェクト計画を作成するやり方が一般で、ツールもマイクロソフトプロジェクトなどのPERT/CPM計算が自動的にできるPMツールを用いることが多いが、国内はタイムマネジメントといっても曖昧性を残したやり方が主流である。これは使われているツールを見れば一目瞭然であり、最も多く使われているツールは間違いなく、マイクロソフトエクセルである。

このことは、日本人の国民性にも関係があるのであろうが、どうも日本人は厳密な計画よりも全体感を持って大まかにマネジメントすることを好むようである。タイムマネジメントが重要だと理解はしても、なぜか綿密な計画を立てずに、納期さえ守ればよいという感覚が支配的である。確かに、納期さえ守ればよいのかもしれないが、途中の計画が守れずにどうやって納期が守れるのだろうかと不思議なのであるが、論理的に詰めた計画でプロジェクトを遂行している企業が少ないことも、また事実である。

だが、例外も存在する。特に国内の建設業界においては、非常に合理的で綿密なタイムマネジメントを実施する企業が存在する。PERT/CPMを駆使するどころか、リソースの平準化による最適なスケジュール立案さらには、日本人の得意な全体感によるマネジメントを生かすために、アクティビティを絵的に配置したスケジュール作成、分単位の物流計画など、欧米人が驚くほどのタイムマネジメントを実践している。どのようなものかをお分かりいただけるように、実際にプロジェクトで利用したものを一部事例として以下にお示しする。

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タクト工程表(階ごとの作業計画で職種チームのリソースの平準化を行っている)

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建築工程表(アクティビティの並びは、建物の階に対応して並べられてある)

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揚重機作業計画表(24時間内での荷の揚げ降ろし作業を分単位で計画している)

これからのスピード化の時代において、今までのような曖昧さを多く残したタイムマネジメントでは、競争を勝ち抜けないであろう。これからは、計画段階で詳細に検討し、論理的に詰め、そして実践した結果を情報として残して分析し、次のプロジェクトにフィードバックできるような、組織として学習サイクルが上手く回っていく仕組みを持つことが必要である。

論理的な計画によるタイムマネジメントはプロジェクトの時間的な目標達成の成功確率を向上させることができ、また論理的な計画に対しての実績は次のプロジェクトへの改善として活用される。今の時代、合理性を持ち情報を駆使できる仕組みを持った企業だけがこのスピード競争の世界で勝ち残っていけることであろう。