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第7回クリティカルチェーン

1997年にTOC(Theory of Constraints)の生みの親である、エリヤフ・ゴールドラット(Eliyahu M. Goldratt)博士がクリティカルチェーン(Critical Chain)の本を出版した。この本の内容は画期的であり、これまでのPERT/CPMをベースとしたタイムマネジメントの常識を覆し、プロジェクトマネジメントの世界に大きな衝撃を与えた。クリティカルチェーンの最大の貢献は、それまでのプロジェクト納期に対しての絶対的な見方を大きく変えたところにあり、プロジェクト期間の短縮の可能性を大きく高めたところにある。実際に、クリティカルチェーンの成果は出版以前から報告されており、筆者も1995 年~1999年の間に開かれた米国のPMIの大会において、クリティカルチェーンを活用した期間短縮の事例がよく発表されていたのを記憶している。

ここで、タイムマネジメントにおいて従来の常識とクリティカルチェーンがどのように違うのかを下記のテーブルに簡単にまとめてみた。

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ここで最も大きな違いは、間違いなく①の期間であろう。この期間に関しての違いは発想の違いであり、この新たな発想が新しい可能性を生んだことは紛れも無い事実である。また、クリティカルチェーンは人の行動における原理原則をよく理解した上でタイムマネジメントを行おうとしているが、クリティカルチェーンを支える発想の原点として、次の2つの法則を示す。

□パーキンソンの法則
仕事は常に許される時間まで伸びてくる(学生症候群)
□伝播の法則
遅れは伝播するが、早期終了は伝播しない

パーキンソンの学生症候群は、夏休みの宿題の学生の行動パタンを考えるとよくわかる。宿題の締め切り日を夏休み明けにすると、多くの学生は早々に片付けて夏休みをゆっくり楽しみ、休みが終わって余裕を持って提出するか、夏休みを充分楽しんで終わりに近づいてあわててやっつけで宿題を終え提出するかが、おおよその学生の行動パタンであろう。どちらにしても、学生は決められた締め切り日を明確に意識して、それにあわせて宿題を提出するのは確かである。ここを少し言い換えると、「人は締め切りに合わせようとする行動特性をもつ」ということになる。

伝播の法則は、通常の仕事における心理状態を考えるとよくわかる。例えば、自分で20日と見積もった仕事が10日で出来たときにどうするかを考えると良い。多分、多くの人は10日目に出来たと報告せずに、せいぜい19日目か20日目の朝に終ったと報告するのが普通であろう。 なぜなら20日の仕事が10日で終ったとなると、単に見積が甘いと思われるだけでなく、次からは20日は許されず10日でやれという羽目になり、自分で自分の首を絞めることになりかねないからである。早く終ったことを報告することが自分の不利益となれば、結局早く終ってもそれは誰も知ることは無く、前倒しできるチャンスも自然に失われてしまうことになる。逆に20日が30日と遅れる場合の状況は明白で、それは結果として受け止めざるを得ず、後工程もその影響をいやでも受けることになり、結局「遅れしか伝播しない」ことになってしまうのである。

では、この原則をもとにクリティカルチェーンによる工数短縮の可能性について、具体的な例と共に踏み込んで説明する。

そもそも、工程の期間には必ずばらつきが存在するものである。また、そのばらつきはブルーカラーの業務は小さいが、ホワイトカラーの業務は大きいという特徴を持つ。分布で言うと、ブルーカラーは正規分布をとるが、ホワイトカラーは対数正規分布又はベータ分布を持つといわれる。

分布のシャープさはいろいろあるが、下図の対数正規分布において、90%の確率と50%の確率での期間を見てみると次のようになる。

9€0%確率での期間:約20日
50%確率での期間€:約10日

下記の図からわかるように、90%確率で見積もった場合と50%確率で見積もった場合では2倍の期間の差が発生することとなり、この期間の差が期間短縮を生む鍵となる。

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誰もが、この差を大きく感じると思うが、エリヤフ・ゴールドラット博士はもっと過激で、50%確率と90%確率の差が2倍ではなく、3倍となるシャープな分布を推奨している。しかし、これまで我々が国内企業を指導してきた経験に照らし合わせると、もともと米国の企業に比べて日本企業はスケジュール自体も厳しい現状もあり、2倍の分布が適切であると判断している。

さて、次に期間短縮の本質を説明する。下図に、非常にシンプルな工程を示す。プロジェクトはA,B,C,Dの連続する4つのタスクから成り立ち、それぞれが異なる4人の人が担当する。Case-1は90%の確率で工程を見積もった計画であり、Case-2は50%確率を採用したクリティカルチェーンの計画となっている。

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Case-1を見た場合、全部でプロジェクトの期間は80日であるが、このプロジェクトが80日で完了する確率は100%ではない。それぞれの工程が 90%確率の期間を採用しているので、このプロジェクトが80日で完了する確率は約64%(90%x90%X90%x90%)となる。しかし、Case- 1の各工程を50%確率で見てみると、Case-1の工程はそれぞれ10日の実質期間と10日のバッファー期間に分解することができる。問題はこの10日のバッファーは誰のものかということである。A工程はAさん、B工程はBさんと、それぞれ工程を担当する人がバッファーを抱えており、各自がバッファーを消費することになる。これが通常の計画である。

では、クリティカルチェーンの計画はどのようになるのかであるが、クリティカルチェーンの計画はCase-2のように実質プロジェクト期間が40日でプロジェクトのバッファーが40日となる。40日のバッファーはプロジェクトマネジャーのものであり、各個人が勝手に使うことは出来ない。

この計画で本当に期間短縮できるのか考えてみる。50%確率の工程ということは4つの工程のうち、2つは上手くいくということである。仮に、A,Bは上手くいき、C,Dは上手くいかなかったとしょう。A,Bはそれぞれ10日で予定通り完了し、合計20日となるが、C,Dは10日では完了せずにもっと伸びることになる。では、どれほど伸びるのであろうか。ここで、パーキンソンの学生症候群が上手く生かされる。なぜなら、人は目標に合わせる能力を持っており、10日で設定されれば何とか10日で完了しようとする。そうなると、10日が倍の20日になるようなことは珍しく、一般的に考えて1.5倍の15日程度もあれば充分完了できるであろう。そうなると、C,Dの工程はかなりの確率をもって15日程度で完了する可能性が高い。では、C,Dが15日かかったとしても、全部の工程をたし合わせても50日となり、クリティカルチェーンで作った計画は、50日程度で完了する可能性が高く、通常計画よりも30日も短縮することが期待されるのである。

さらに50%確率の意味を掘り下げてみると、理にかなった設定だということが見えてくる。人の行動心理学の研究成果より、人がもっとも達成意欲が高くなるのは実は50%の確率においてであり、それよりも多くても少なくても人の達成意欲は落ちていくことが行動心理学の分野で研究成果として報告されている。

このように、クリティカルチェーンは単に論理的な技術論だけでなく、人の心理的な部分も活用した実践的で、実用性が非常に高い手法であると考えられる。だが、この手法の実践は容易ではない。なぜなら、バッファーをプロジェクト関係者が全員吐き出さなくては成り立たないからである。誰か一人でも例外を作ると、そこからほころびてしまうことになり、プロジェクトメンバーが共同の目的と意識を持って望まない限り、実行できない手法であることは付け加えておきたい。