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Column

第12回 品質マネジメント

PMBOK(Project Management Body of Knowledge)において品質マネジメントがプロジェクトマネジメントの一部として定義されているが、個人的にはプロジェクトマネジメントの一部として品質マネジメントを語ることには抵抗がある。

第一に、品質マネジメントは作る対象によってそのやり方が大きく違い、多くの場合は技術的な側面を無視して議論することができないからである。例えば、ソフトウエア開発においては、ソフトウエアバグを低減するためにドキュメントレビューや単体テスト、結合テスト、運用テスト、負荷テストなど様々な品質プロセスが実施されるが、プラント建設ではコンクリートの強度試験や、溶接の非破壊検査、配管の圧力試験など、プラントが要求機能を充分発揮できるための様々な品質プロセスが決められ実施されている。このように、品質マネジメントを語る場合には対象とするプロジェクトを想定しないと、通り一遍の話しかできず、どこか宙に浮いた話になってしまうことになるからである。

第二に、品質プロセスはプロジェクトごとに決めるものではなく、基本的に企業として品質プロセスが定義されているという事実である。特に製造業においては、製品の品質は企業として担保すべきものであり、品質マネジメントプロセスは企業として当然整備すべきものとして存在している。したがって、新たにプロジェクトが開始されるからといって、新しく品質プロセスを定義するようなことはなく、企業の持つ既存の品質プロセスを活用することが普通である。たまに、企業が定義している品質プロセス以上に特別に高い品質レベルをもとめるプロジェクトを実施することもあるが、これは例外的なプロジェクトの場合であり、しかもこれも技術的な側面からのアプローチを必要とするケースが大きくなるのが普通である。

このように考えるとPMBOKで述べられているような品質マネジメントそのものに対して、なかなか話す気にはなれないというのが正直なところである。一般的なこととして書けば漠然とし過ぎてよくわからないであろうし、ある特定の業界のことを詳しく書けば業界に特化しすぎてその業界の人以外は何を言っているのか理解できないことになる。品質マネジメントの具体的なやり方は業界ごと又は企業ごとのプロセスに任せるとして、ここでは品質のプロジェクトに対する影響を少し深く考えてみることにする。

プロジェクトマネジメントにおいて、よくQCD(品質:Quality, コスト:Cost, 納期:Delivery)という言葉が使われる。プロジェクトマネジメントにおいて、マネジメントすべき重要なマネジメント要素であり、プロジェクトを成功させるためにも守らなくてはならない項目でもある。そして、これら3つの要素はお互いにトレードオフ(どれかを良くしようとすると、他が悪くなる)の関係をもつことになる。

プロジェクトにおいてこの3つを全て同時に良くしようとするには、そのプロジェクトにはこれまでと異なる新しく改善されたプロセスを適用する以外に方法は無く、プロジェクトで適用するプロセスが決まってしまえば、残念ながら多くの事象はトレードオフのサイクルに入ってしまうことになる。したがって、プロジェクトにおける意思決定のそのほとんどは、このトレードオフに対する意思決定といっても過言ではないくらいである。€

では、ここで非常に簡単な質問を行うが、皆さんの組織でこの3つの要素の中でもっとも優先度が高いのはどれであろうか? 会社の方針やスローガンではなく、現実的にどの優先順位が高く意思決定が行われているのかという質問である。これまで、MOTなどの講義を通して数多くの受講者にこの質問を投げかけてきたが、おおよその順番は下記の通りである。

第1位:納期
第2位:コスト
第3位:品質

残念ながら品質は最下位なのである。品質は信頼と理解され、品質最優先と謳っている日本企業は多いにもかかわらず現実的には品質が後回しにされているということが、これまでのこの質問を通して得た答えである。このことは、実際に我々がコンサルティング活動を通して目の当たりにしてきたことでもあり、現場で見てきたこととこの回答の結果は残念ながら良く符合している。確かに、医薬品など人の命に直接関わる製品を扱う場合は少し違うが、一般的にプロジェクトにおける優先順位において品質がもっとも低くなっていることは現実であろう。これは、決して好ましいことではなく大きな問題でもあるが、紛れもない事実であることには変わりはない。

だが個人的には、この順番になっていることが至極当然のように思えている。その理由には、時代におけるプロジェクト環境の変化と、プロジェクトリーダーの心理的な側面の2つが考えられるが、その点について少し話を進める。

受注プロジェクトであろうと、開発プロジェクトであろうと今日は企業間の競争が激しさを増してきており、その影響としてプロジェクトにスピードを求める傾向がより強くなってきており、納期短縮や納期厳守へのプレッシャーと要求はますます高まっている。コストについても、スピードへの要求と同じように、競争環境においてコスト低減のプレッシャーは高まるばかりである。特に受注プロジェクトにおいては、受注競争を勝ち抜くために大幅なコスト削減を求められ、その厳しいプロジェクト環境の中で利益を確保するという使命を持ってプロジェクトリーダーはプロジェクトの遂行にあたらなくてはならい。さらに、リーマンショック以後は、この傾向は強烈でありコストダウンが企業としての最重要課題になっているところも少なくない。このように、近年では納期とコストへの要求が市場環境として強くなってきているというのが実感である。

さらに別の観点からトレードオフの優先度を考えてみるが、QCDの中で一番見えにくいものはどれであろうか?おわかりのように品質である。プロジェクトにおいて納期もコストも明確であり、見えるがゆえに失敗か成功かも認識しやすく、失敗したくないという気持ちは強くなる。失敗すると怒られるということだけではなく、プロジェクトリーダーとして「お前は能力がない」と上司や同僚から思われることからくる、ある種の恐怖心からどうしても見えるものへの達成に対して自然と優先度が高くなってしまうのである。このため、成果として見えやすい納期とコストは常に上からのプレッシャーにさらされ続け、結果として優先順位が上がることになる。

このようにマネジメントすべきものが見えるか見えないかということが心理的な側面に働きかける度合いは、思いのほか大きなものである。このことを別のケースで話しする。製品開発プロジェクトを行う一部の企業においては、コストをライン中心で管理しプロジェクト軸で見ていないためにプロジェクトのコストを正しく把握できていない企業もあるが、このような企業においてはプロジェクトリーダーのコスト意識は当然低くなり、コストの優先順位は品質よりも下がってくる。プロジェクトリーダーにコストを予算内で納めるミッションを持たせても、プロジェクトで本当に使われているコストが見えない(情報が手に入らない)ため、掛け声だけではどうしようもないという気持ちが強く、見えないことで自分の責任として感じられず、その結果コストマネジメントへの執着心が失せ、結果的にコストに対するマネジメントの優先順位は大きく下がるのである。どのマネジメントにおいてもそうであるが、見えるか見えないかでリーダーの意識は大きく変わってくることになる。

では、品質についてはどうであろうか。少し前置きは長くなるが、品質に対する日本人の認識を含め順を追ってお話しする。日本の製造業は品質を競争力の源泉として国際競争を戦ってきた。海外の企業は日本製品の品質に高い評価をつけており、品質は国際競争力そのものである。これは、日本企業が長年の努力で築き上げたブランドであることは間違いない。多くの海外の人たちは、日本製品=高品質として考えており、少し高くても日本製品を買おうとする人々は多い。もともと、日本人は外国人から見ると考えられないくらい品質にはうるさい民族であり、高品質の製品を作り出せる風土が存在している。良い例が買い物包みや製品を入れる箱である。先日、ビジネスバッグを買い換えたが、少し高級のバッグのアウトレット製品買い求めた。どこがアウトレットかというと、バッグを包んでいる箱が壊れているだけなのである。欲しいものはバッグであり、箱などは家に帰れば捨ててしまうものである。それだけで40%も割り引いていたので、即購入したが中身は全く問題なく非常に得をした気分で今も快適に使っている。このとき、以前アメリカのモールで買い物をしたときを思い出したが、CDや説明書が箱に入ったソフトウエアを買ったときである。なるべく綺麗な箱に入っているソフトウエアを探したが、箱はどれもどこかが破けたり潰れたりしており、傷が無いものは見当たらなかった(一体どういう扱いをするとこうなるのかと、あきれてしまったが、そう思うことこそ日本人の発想なのであろうが)。しかたなく、なるべく綺麗なものを捜して購入したが、確かに中身は問題なかったが、あまり良い気分ではなかった。

このように日本は他の国に比べても品質への意識は高く、日本企業は品質へのこだわりを持ち続けて製品を作ってきたが、次第に品質へのこだわりが薄くなってきているのではないかと、危機感さえも覚えるときがある。 品質はQCDの中では最も見えにくいものである。品質が現在どの程度なのかを測ることは難しい。できることは、やるべきことを着実にやって、問題を出さないこと、これが品質を担保するうえで重要なことであるが、それが今日の競争環境の中で危うくなってきているのである。品質を確保するには、時間とお金がかかるものであるが、実際には品質そのものを見ることは非常に難しい。製品を作って様々なテストを行い、不具合をみつけ、品質に問題が無いかどうかをチェックすることになるが、そのテストには時間を要す。1日で問題が見つかる場合もあるが、1 週間やっても問題が見つからない場合だってある。それが品質のもつ特徴であり、重要なところは、そのようなときに1週間の時間を確実に確保してプロジェクトを遂行できるかどうかにかかっている。しかし、プロジェクトが遅れてくると、時間的な余裕はなくなり、いつの間にか品質を確認すべき時間が徐々に奪われ、最後には納期を遅らしてまでも品質を確保するか、納期に間に合うように品質にかける時間を省いて仕上げるかのトレードオフの選択に迫られることになる。このようなときに、品質に対してのこだわりが低下する。なぜなら、納期ははっきり分かるものであり、遅れることによって何が起こるのかは明白である。受注プロジェクトでは、顧客のビジネスに大きな影響を与えるであろうし、投資プロジェクトであってもトップからの叱責が待ち受けていることぐらいは容易に想像がつく。しかし、品質については、テストに対して時間を多くかけたとしても、問題が出るかどうかはわからない。最終段階に近づけば近づくほど、製品の品質自体はほとんど決まっており、その確認をどこまで行い、どれだけ対応するかという時間との戦いの問題に移っていく。そして、もし品質がよければ、品質確認に時間を多くかけたとしても何も問題は発生しないという可能性も残っている。加えて、人は状況が厳しくなると悪いことには目を背け都合の良い方に目を向けるという “Wishful Thinking”の傾向が強くなりがちである。このように状況になってくると、問題が明らかに見えリアクションが予測される納期の優先度はますます高くなり、状況の見えにくい品質への対応は優先度が下がるという状況が結果として発生することになる。つまり、見えるか見えないかが、とくに厳しい状況では優先順位を左右することになるのである。€

しかし、そのように追い込まれて厳しい状況になっていることこそ、品質の問題が発生する可能性は格段に高く、結果として甘い判断は多くの場合、手痛いしっぺ返しとなって戻ってくることになる。納期は何とか間に合わせて、上手くいったと思っていたところに、プロジェクト終了後に様々な不具合が発見され、そのクレーム対応やリワークで相当な工数を費やし、品質確認にかける工数とは比べ物にならないほどの工数やコストをプロジェクトの完了後に費やすことになる。顧客からクレームをつけられ、社内においても叱責を受け、際限ないクレーム対応に疲れ果てて対応することになる。残念ながら、このようなケースが後を絶たないというのが現状である。

さらに品質の問題の深刻さは、品質問題の波及である。プロジェクトの納期やコストはプロジェクトの失敗として会社の業績にダメージを与え、顧客の評判も落とすことにはなろうが品質に比べると、それほど大きな問題になる可能性は低い。品質の問題は単にプロジェクトの失敗にとどまらず、その会社のブランドイメージさえも損なう危険性を孕んでいる。品質問題の対応コストのみならず、ブランドまでも傷つけてしまうとなると、その企業の社会的な信頼が損なわれ会社の存続さえ危うくなる可能性も否定できないからである。

それともう一つ話しておきたいのは、品質の問題は、品質問題を起こしたプロジェクト関係者のプライドに直接影響するということである。例えば製品開発プロジェクトやソフトウエア開発プロジェクトにおいて、納期やコストが超過してプロジェクトが大失敗した場合、そのときは上司から怒られ、自分も反省し、失敗したことにつらい思いをするが、しかし数年後には失敗談として笑い話として話すことができるようになる。しかし、品質問題はそうはいかない。品質トラブルで失敗した場合は、笑い話でなかなか気軽に話せるようにならない。失敗により多くの人に迷惑をかけたことはもちろんであるが、技術者としてのプライドも大きく傷つくことになる。つまり、納期、コストは技術者としてのプライドに直接結びつかないが、品質だけはプライドに直結し、品質で大失敗した場合は長く尾を引くものである。€

このように、品質は企業そのもの、そして組織の人々の心に大きく影響を与えるものであり、一つのプロジェクトの失敗にとどまらず大きな傷跡を残すものである。だから故に、品質は重要であり、トレードオフにおいて最優先して担保しなくてはならないもので、さらに言えば品質を担保することを前提としたプロジェクト遂行が行われなくてはならないのである。