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Column

第4回 プロジェクトマネジメント

「プロジェクトマネジメント」という言葉は、日本においてもすっかり定着してきており、最近では様々な場面で耳にすることが多くなった。しかし、プロジェクトマネジメントはそれほど新しいものではなく、古くから存在していたということをどれほどの人が知っているのだろうか?

「プロジェクトマネジメント」がマネジメントすべき対象は言葉のとおり「プロジェクト」であり、そのプロジェクト活動の起源は古く、紀元前の古代エジプトのピラミッド、マヤの遺跡、秦の始皇帝陵など、今日誰もが知っている古代遺跡の建造までも遡ることができる。しかし、プロジェクトマネジメントのもう一つの言葉である「マネジメント」の起源はそれほど古くはなく、マネジメントの概念が世に示されたのは20世紀になってからである。では、20世紀以前はマネジメントが存在していなかったのかというと、そうではない。「マネジメント」という概念がなかっただけであり、現在のマネジメントに相当することは行われていたと考えられる。なぜなら、ピラミッドのような現在の建設技術を駆使しても簡単には造れないような驚くべき精度を持った建造物が、マネジメント無しの混沌の中で造られることはありえないからである。問題は、どのようなマネジメントが行われていたのかが歴史として記録されていないだけであり、何らかのマネジメントが行われていたことに疑いはない。

これまで、その根拠は語れなかったが、実は20世紀以前にもなんらかのマネジメントが行われていたことを、昨年ある韓国の友人から聞くことができた。その友人は、韓国におけるプロジェクトマネジメントを歴史の観点から研究している。彼はNHKの番組で放映された「チャングム」などで有名になった韓国の朝鮮王朝[1392~1910年]時代にどのようなマネジメントを行われているのかを研究していた。朝鮮王朝時代の宮廷古文書などは現在でも多く残っているらしく、彼が言うには王朝時代にも現在に近いマネジメントが行われていたという。彼は、朝鮮王朝時代に行われた土木事業などにおけるマネジメントの方法を宮廷古文書により調査を行い、その内容を現在のプロジェクトマネジメントの国際的標準となっているPMBOK(Project Management Body of Knowledge)のマネジメント項目と比較し、PMBOKで定義されているほとんどの項目が朝鮮王朝時代にも行われていることを確認できたという。このことを考えると、プロジェクトマネジメントは古くから存在し、新しく体系化されたものだとも言え、プロジェクトマネジメントそのものも昔から人間の活動と深くかかわりのある知識だとお分かりいただけよう。

さて、近代的なプロジェクトマネジメントの起源はというと、1940年代のドイツとの原爆開発競争プロジェクトである米国のマンハッタンプロジェクトに遡る。プロジェクトマネジメントは競争のマネジメントとして登場するのである。また、このマンハッタンプロジェクトのWBS(Work Breakdown Structure)を見てみるとプロジェクトマネジメントの本質を垣間見ることができる。このプロジェクトの一つ大きな特徴として、WBSの項目の中に 2つの異なる原爆開発が示されているのである。一つは”Thin Man”といわれる型式の原爆開発であり、もう一つは”Fat Man”といわれる型式の原爆開発である。つまり、同時に2つのタイプの原爆開発を行っており、2つのうち1つができれば成功するという、明確なリスクマネジメントが実施されているのであった。このことはプロジェクトマネジメントの特質を示しており、プロジェクトマネジメンとは効率 (efficiency)よりも効果(effectiveness)を追求するマネジメントであり、マンハッタンプロジェクトのWBSにもそのことがはっきりと示されている。ちなみに、2つのタイプの原爆はどちらも開発に成功し“Thin Man”は広島に投下され、”Fat Man”は長崎に投下された。日本人の暗い過去と、プロジェクトマネジメントがこのようなところで繋がっていたとは、私もこの事実を知るまでは想像だにしなかった。

その後、プロジェクトマネジメントは米国においては国防・宇宙関係で広がりを見せ、有名なアポロ計画などにも適用されていった。さらに、国防・宇宙で発展していったプロジェクトマネジメントは徐々にエネルギー産業、プラント建設関連のプロジェクトへの普及していくこととなる。日本において最初にプロジェクトマネジメントが普及した業界はエンジニアリング業界であるが、海外プロジェクトを中心に行っていたエンジニアリング業界は米国で普及していたプロジェクトマネジメントの手法の影響を強く受け、早くから欧米式のプロジェクトマネジメント手法を習得し実践してきた。近年の国内におけるプロジェクトマネジメント普及においても、この業界の人たちは大きな役割を果たしており、その貢献も大きい。

プロジェクトマネジメントが世界的な普及を見せるのは、その後1990年代に入ってからである。その普及はソフトウエア産業への普及によって起こった。ソフトウエア産業はいまだにリスクの高い失敗の多い業界であり、そのリスクの高いプロジェクトを成功に導く方法としてプロジェクトマネジメントはまさにフィットしていた。ソフトウエア業界においてはCMM(Capability Maturity Model)が1991年に発表され、プロジェクトマネジメントがプロジェトを成功に導く大きな要因であることが示されることで、ソフトウエア業界において加速的にプロジェクトマネジメントの導入・適用が活発となった。プロジェクトマネジメントの普及の度合いを米国PMI(Project Management Institute)の資料をもとに見てみると、1995年までには1万人にも満たなかったPMIの会員数は2000年で7万人、2004年で14万人、 2008年で28万人と急速に増えていることがわかる。この普及はソフトウエア業界における浸透が大きな役割を果たしており、会員数を見てもソフトウエア関連のビジネスに関わっている会員数は半数を大きく超えている。

しかし、プロジェクトマネジメントの普及はソフトウエア業界だけに限らず、現在では多くの業界で急速な普及を見せ始めている。今では、製薬業界、自動車業界、ハイテク業界、金融業界など様々の業界においてプロジェクトマネジメントの浸透が見られ、多くの企業がプロジェクトマネジメントの手法を導入し企業競争力の向上に凌ぎを削っている。その大きな原因として、世の中のスピード化へのニーズとイノベーションへの期待の向上が背景にあると考えられる。プロジェクトマネジメントは「時間」の概念を持った、目的志向の強いマネジメント手法であり、さらには部門横断的なプロジェクト体制による知的交流の活性化によって、よりイノベーションを起こしやすいマネジメント手法でもある。今日のように、よりスピードとイノベーションを強く求める時代においてプロジェクトマネジメントのニーズもまた強くなっていくことが容易に予測される。今後もこの時代の変化と要請とともにプロジェクトマネジメントへの要求は増してくであろう。

これまでプロジェクトマネジメントについて、時代的な背景を含めて述べてきたが、別な角度からプロジェクトマネジメントを捉えてみたい。プロジェクトマネジメントは現場のマネジメントとして発展してきた経緯がある。いわゆる現場を預かるミドルのマネジメント手法として発展してきたものであり、個々のプロジェクトをどうやって上手く成功に導くかが重要なテーマとなっていた。1990年の後半までは、プロジェクトマネジメントにおけるほとんどの議論は個別のプロジェクトをどのように導くかという、“HOW”に関する議論に終始していた。しかし、1990年代の後半になってから、プロジェクトマネジメントに新しい視点が付け加えられた。それは、プロジェクトの取捨選択 についてである。それまでのプロジェクトマネジメントは決まった(あるいは、与えられた:Given)プロジェクトをどのように成功を導くかが主体となる議論であったが、1990年の後半には、どのプロジェクトを組織として選択するか”WHAT”の話が重要視されるようになってきたのである。

この視点は非常に重要で、プロジェクトマネジメントに対しての見方を大きく変えることになった。同時に、企業においては戦略とプロジェクトの関係が活発に議論されるようになったのである。これにより、それまで現場のマネジメントと見られていたプロジェクトマネジメントは企業レベルでのマネジメントとして発展していくことになる。現在のプロジェクトマネジメントの多くはまだまだ現場のプロジェクトマネジメントの域を出ていない場合が多いが、先進企業においてのプロジェクトマネジメントは戦略とともに組織レベルでのプロジェクトマネジメントとして議論され始めている。時代のニーズとともにプロジェクトマネジメントは発展を遂げているが、今後の展開が楽しみである。