Column専門家によるお役立ち情報

第1回コラム掲載にあたって

これまで個人的には20年以上にわたってプロジェクトマネジメントに関わるコンサルティング業務に携わってきた。その間、国内でのプロジェクトマネジメントのニーズの高まりとともに、プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)やプロジェクトマネジメント学会等の非営利団体におけるプロジェクトマネジメント普及活動にも積極的に参加することで、微力ながらも国内におけるプロジェクトマネジメントの普及にも関わってきた。

プロジェクトマネジメントはこの20年の間で、日本においても広く普及するようになった。プロジェクトマネジメントという言葉そのものが認知されるようになったことは非常に喜ばしい。しかし、これまでのコンサルティング活動や普及活動を通して感じたことは、プロジェクトマネジメントという言葉は共通でも、その意味の理解に対しては個々人に大きな差があるということであった。

人は自分の仕事の必要性からプロジェクトマネジメントを理解しようとするため仕方がないことであるが、結局のところプロジェクトマネジメントの一部しか理解していないことが多い。そして、多くの人はPMBOKに代表されるマネジメントプロセスやマネジメント手法を通してプロジェクトマネジメントを理解しようとしていることも現実である。残念ながら、それはほんの一部でありプロジェクトマネジメントはそれほど簡単に全てを理解できるほど小さな知識領域ではない。プロジェクトマネジメントを理解するためにはマネジメントそのものを理解せねばならず、それは経営学を理解することにも等しいことである。

このコラムを書く目的は、多くの人たちにプロジェクトマネジメントの持つ本来の意味やポテンシャルを充分理解してもらい、それを自らの仕事に生かしてもらうことにある。現在のプロジェクトマネジメントはプロセスや手法の器では収めきれないほど大きく発展してきており、いまや一つのコンセプト、学問となるまでの広がりを見せている。また、プロジェクトマネジメントは実践的な学問であり、新たな経験や知見がプロジェクトマネジメントの可能性をさらに広げていってくれる。本コラムでの内容が皆様の仕事においての一助となることを切に願う次第である。

さて、コラムの最初として私自身のプロジェクトマネジメントとの出会いをお話しすることによって、プロジェクトマネジメントの持つ可能性の一つを理解していただくとともに、同時にプロジェクトマネジメントに対して少しでも興味を持っていただければと思う。

最初に本格的なプロジェクトマネジメントとの出会いは1984年に遡る。1981年にエンジニアとして三井海洋開発に入社し、海外プロジェクトや国内の国家プロジェクトなどにも参加し、国内外の建設プロジェクトを通して先輩達から教えられながら現場での実戦経験をとして独学的にプロジェクトマネジメントは学んでいた。しかし、本格的なプロジェクトマネジメントを知ったのは1984年からの米国のオイルメジャーとの大規模プロジェクトを通してであった。このプロジェクトを境に、私のプロジェクトマネジメントに対する考えが大きく変わることとなる。それまでのプロジェクトマネジメントへの理解は、経験が全てで、経験を積み重ねていくことによってプロジェクトマネジメントのスキルは向上し、プロジェクトマネジャーが勤まるようになると思っていた。そのためには多くのプロジェクトを経験することが重要で、一人前のプロジェクトマネジャーになるには15年~20年くらいの経験が必要であり、早くても40歳くらいまでかかると本気で思っていた。しかし、そのプロジェクトでオイルメジャーから派遣されてきたプロジェクトマネジャーはなんと30歳前半の人間であった。たかだか私より3つ、4つ年上の人間がなぜ、この大規模プロジェクトのプロジェクトマネジャーが務まるのか不思議でならなかったが、プロジェクトを通して徐々にそのことが理解できるようになった。

彼らは、基本的に実にロジカルなマネジメントを行っていたのである。それを可能にしていたのが「情報」であった。プロジェクトにかかわる必要な情報をタイムリーにそのプロジェクトマネジャーに集まる仕組みを作り上げ、その情報を見ながらプロジェクトの問題点を早く察知し対応を行うことで未然に問題を防いでいた。つまり、日本の「感と経験」の代わりに「情報」を最大限に活用していたのである。彼らの要求する情報量は国内プロジェクトでは考えられないほどのもので、そのための要員を相当数増員し専用のマネジメントシステムも導入して情報収集・分析を行なったため、マネジメントコストも国内プロジェクトとは比較にならないほどかかったが、彼らはそのコストを当然として情報収集を要求した。彼らはプロジェクトの成功には「情報」が生命線だと思っており、その情報を用いてロジカルにプロジェクトをマネジメントしようとしたのであった

日本のプロジェクトマネジメントのスタイルとは全く違ったやりかたであったが、事実、その情報は様々な問題を事前に知らしめ、プロジェクトを成功に導いたのである。若い人間でもプロジェクトマネジャーができることを見た瞬間であったが、目から鱗であった。経験も重要であることは理解していたが、経験が全てでないことを知ったと同時に、ロジカルなマネジメントを行うことで若い人材でもプロジェクトマネジャーが務まることを知った瞬間でもあった。

この経験は私の人生にも大きな影響を与え、プロジェクトマネジメントの将来性に魅力を感じ1988年にコンサルタントに転身し、プロジェクトマネジメントを普及する立場に身を置くこととなった。そのころはプロジェクトマネジメントという言葉さえ日本では認知されていなかったが、自分の成功体験を通してプロジェクトマネジメントを日本の企業に導入することによって、日本企業の競争力は大きく向上すると信じていた。それから20年が過ぎたが、プロジェクトマネジメントの企業における導入はそれほど容易でないことを肌で感じ、体験する日々を過ごしてきた。

それについては、このコラムを通して徐々に触れていくが、同時にプロジェクトマネジメントを上手く導入できた企業は活力を取り戻し企業の競争力が向上していったことも事実であった。20年間のコンサルティング活動を通して理解したことは、プロジェクトマネジメントが個々のプロジェクトを成功に導くためのマネジメントテクニックではなく、それ以上にビジネスを成功に導く重要なマネジメントコンセプトのであるということであった。

20年にわたるコンサルティング活動を通して得た知識や知見を一言でお伝えすることは難しいが、話すテーマを決めて一つ一つお話していこうと思っている。暫定ではあるが、約30のテーマについて本コラムでお話していきたいと思うので、興味のある方は是非ご覧になっていただきたい。